法事

 まぁ、今年も暑かったな、残暑は厳しいが、あの猛暑に比べれば、なんのこたぁない。 走ってからゆこうかなぁとか、思ったが、練習後、暑さに負けて、ダメダメになっちまったら、しゃーないから、まずは、墓参りに行こうと思った。 
 まだ、午前中だっちゅーに暑い。 残暑だっちゅーのに暑い。 毎年、こんな感じなのだろう。 デイバッグには、梨と、ビールが入っておる。 俺も、おふくろも、弟も梨が好きだ。 おふくろの実家の近くに梨畑があり、それを食って、育ったようなもんだ。 花は、今回も持って行かんかった。 ビールは、ちょっと贅沢なビール、エビスです。

 今年も、坊さんは呼ばんかった、今後も呼ばんだろう。 去年は、一周忌だったから、みんなを呼んだけれど、今年は、呼ばんかった。 墓に着くと、先客が居った。 ブツブツと声が聞こえた。 機械式墓石の前に椅子を2脚置いて、喋っておった。 声が大きいからさ、内容が聞こえる。
 「貴方は、幸せだよねぇ、あれだけ酷いことをしておいて、毎年来てもらえるんだからさ」 おぉ、墓石に向かって、愚痴を言っておった。 俺は、サバサバと、準備をしておった。 どうも、息子と、母親のようだ。 「私もね、貴方が死んだ年齢を越えてしまいましたよ」 「いつも、あなたはそうだったけれど・・・」 と、二人で、延々、墓石に向かって、怒っているような、愚痴っているような感じだった。
 こーいう墓参りもありだなぁと、思いながら、聞いておった。 我家の墓石が運ばれてきて、扉が、がーーーっと開いた。 おぉぉ! えっ? 「わりぃわりぃ、1日間違えちゃったよ、29日だとばっかり思っていた」 職場にも29日、法事なんで、休みでお願いしますって、届けちゃっていた。 どーも、俺は、こーいう間違いが多々ある。 データを入力するときに間違える。 これで、2度と忘れないよ。
 そして、もう一つ、報告しておくことがあった。 俺の苗字Kは、俺一人になっちまったんだ。 もちろん、俺のほうの枝せんね、親父は、K家にますおさんとして、やってきた。 だから、俺の苗字は、離婚しても変わらんかったのだ。 そして、縁が切れた件のおばさんは、嫁いだから、当然、姓が違う訳だ。 だから、K家は、俺一人っちゅーことになる。 そして、そのK家の墓は別にあるんだ。 じいさん、ばあさんと仲たがいしておったから、弟が死んだときも、すべて終わってから、連絡だけ入れたようだ。 一度だけ、線香を上げに来たのかな、ちなみにわがクソ親父は、未だに線香を上げに来ない! これが、クソ親父たる所以である。 弟が死んだとき、ばあさんが泣いて、K家の墓に入れてくれと頼んだのだが、おふくろが首を縦に振らんかった。 結果、マンション方のお墓を買うことになるのだ。 
 なんつぅのかなぁ、おばさんは、引っ越しちまって、墓の近くにはおらんのだ、それに気づいてから、そっちの墓がどーなったか、気になってな。 確か、じいさんのばあさんが入っている筈だ。 今は、じいさん、ばあさんも入っておる。 今後のことを考えて、そっちの墓に入れようかなぁっと、思ったが、それだけ、おふくろが入れたくない、入りたくないと思っていた墓だ、ある意味、遺言に近いよな、だから、入れる事はしないが、気になるから、「ちょっと、墓の状況を確認に行ってくるから」 ってことを伝えなければならんかったのだ。 

 とりあえず、一方的な了解をもらい、神奈川にある墓に翌日向かうことにした。 隣の親子は、引き続き、愚痴っておる。 

 翌日も、相変わらず、暑かった。 本当は、朝の涼しい時間帯にゆきたかったのだが、如何せん、平日だから、ラッシュがある。 それを避けて動くことにした。 そのお墓だが、20年前に行ったきりだから、記憶がねぇ、かなり怪しい。 駅に着くと、小さい商店街があり、そこに花屋があったはずだった。 そこで、花を買って、墓に向かおうと思っておった。 あれ? 確かぁ小さい花屋さんがあった筈、あった筈なんだけれどなぁ、ない。 ドラッグストアにマックにすし屋にカラオケボックスしかない。 浜省の 「この街のぉ〜メインストリート 僅か数100めとぉーーー」 ってのがあったが、数件、数10メートルしかない。 参った参った、やっぱ、買っとくべきだったなぁと、他にもちゃーんと用意しておけよってことがあった。 それは、追々分かる。 デイバッグの中には、線香と、ライターしか入っておらん。 

 そこは、山一つを霊園になっている。 一つ手前の駅の津田山に門があり、そこから上げって行くのだが、うちのお墓は、山でも、かなり後半の部分にあるから、そっから歩いていったら、30分以上掛かるんだ。 だから、手前の久地っていう駅で降りて、山を登って、霊園に出るのだが、そこまでの道筋が怪しい。 とりあえずは、山に向かって歩いていった。 右へ曲がって、山方面に向かい、細い民家の道を抜けると、山に繋がっている階段があったはずなんだが、家もキレイに建てかえされて、判らん! 
 勘で、うねうねと細い道を入っていった。 どこもかしこも先へ向かうと、行き止まりになりそうな迷路であった。 おじいちゃん二人が、井戸端会議をしておった。 聞くべ。 

 「すいません、お尋ねしたいんですが、この山の上って、墓地でしたよね、そこへ繋がっている道は、どちらですか?」 「あぁ、みんな、ここら辺で聞くんだよね、電柱を右に行って、道なりに行くと階段があるから」 「ありがとうございます」 「細くなってけれど、道になりに行くんだよ」 やっぱ、合っていたんだ。 チャリンコが通ってきたら、止まらないと、やり過ごせないほどに狭い道、覗く気がなくても、民家の中が見えちまうほど。 ここら辺って、こーいう感じだったんだよなぁ、引き戸で、雨戸があって、木が植えられているんだ。 そーいう余裕がある住宅地だ。 この風景は、未だに夢に出てくる。 

 昔のとおり、変わっておらん山への階段がある。 既に30℃は越えているな、こんな暑い日に墓参りなんかするなよなぁ。 代えのTシャツ持ってくりゃよかったなぁ、既に汗でビチャビチャだ。 上に羽織っている半そでシャツにも汗が浮いているんじゃないかぁ。 それほど、きついことはない筈だった、筈だったのだが、暑さのせいか、おっさんになったせいか、息切れしていた。 

 さて、ここからが問題だ、霊園っていうくらいだから、だだ広く墓が広がっているんだよ。 列に番号とか振ってあってさ、当然、その番号なんぞ、知るわけもないんだ。 ここから先も、記憶と勘で、探すしかない訳ですよ。 階段を上りきって、左を見ると、ゲートボールやってんだよ。 こんなところにそんな場所はなかった! 駅から見えたマンションの上はここか? 山の左手、大きなマンションになっておったのよ。 一瞬、墓、なくなっちまったかと思ったよ。 右に曲がり、坂を下って、道があり、更に下がると墓石が沢山見えるんだよ。 何だろうねぇ、霊園の道端にタクシーやら、休憩している社有車が駐車してやがる。 場所、関係ねぇんだな。 

 目的の墓石群まで着いた。 さて、この数100メートルある中の一つな訳だ。 もし万が一、墓石画撤収されていたら、さっぱり判らんだろう。 撤収されていないことを祈る。 いやぁ、カンカン照りだよ、陽を避けられる場所がない。 確か、こっちの方だったなぁ、もし、墓石のエリアを増やしていたら、見つけることが難しくなる。 周辺路にトラックが止まって、植栽を刈っている。 テキサスチェーンソーが持っているような、ウィーーーンっていうヤツをつかって、暑い中刈っている。 大変だな。 K家、K家、苗字が合っておっても他人様の墓じゃしゃーないからな。 
 おかしいなぁ、ここら辺の筈なんだけれどなぁ、1本手前かな? おぉぉあった、あった、良かった、ちゃんとあったじゃん。 見覚えのある墓石に名前が彫ってある。 万吉にヨシだ。 まぁ、この時代の人たちの名前だなぁ。 「久しく来なくて、すいません」 とりあえずは、謝る。 墓石の後ろに桶があったはずだ。 おぉあったあったが、柄杓がない。 ありゃ? ぼうぼうに生えちまっている草に埋もれているとか? ねぇな、取られちまったとか? まずは、草を毟るか。 毟り始めて気がついた、何で、軍手持ってこなかったんだろう。 ちょっと、考えりゃ、分かるよな、草が生えている、手で毟るのは、キツイ、軍手が必要! 
 とりあえず、毟り始めた。 麦藁帽子が必要だな! 暑すぎ! 毟っておったら、一画に蜘蛛が巣を張っておった。 なかなか大きく、柄も派手だから、女郎蜘蛛かなんかなのかな、「なんだい、墓守してくれているのか?」 その一画は、毟らずに置いておいた。 

 桶に水を汲み、墓石にかけ、線香を点けた。 「そっちにおふくろ行ったけれど、喧嘩せずにやっているか? ここも、おばちゃんが墓参りに来ているようだね」 それなりに綺麗になっておったということは、お盆には、来ておったようだ。 一つ、心配事が片付いた。 こっちに一緒に入れる事は、出来ないけれど、まぁ、時々、来るわ。 血としては、絶えちゃいないけれど、俺の直結は、一人になっちまった。 努力は、するからさ、それまでは、俺の思ったとおりにやるから、まぁ、おふくろや、弟と一緒に見守っていてくれや。 じゃあな。 

 その晩、供えたビールを久しぶりに飲んだ。