エンジニアの彼は、山門で一礼せずに入ってゆく。 彼の中では、慣例は意味がないものとして消化されておるらしい。 お遍路には、幾つかルールがあるのだが、「なぜ、みんなそれを律儀に守るのか、判らない」 と言っておった。 そこら辺は、エンジニアらしいっちゃ、らしい。 俺の中では、既に俺だけのルールが施行されておった。 山門では一礼する。 蝋燭、線香は灯す。 賽銭を入れる。 納め札を入れる。 ここ重要ですよ! 朱印は貰わない。 俺の中では、来たという証は、要らないのだ。
確か、藤井寺が焼山寺の山越えの入り口だったはずだ。 確認しておこうと思い、山の入り口を確認する。 境内の脇に登り口がある。 「トイレは済ませましたか?」 の文字。 明日は、ここから、山に登るんだなぁ。 一つ、不安事項がある、明日の天気は雨になっている。 今のとこ、曇りで堪えておるが間もなく雨が降り始めるらしい。 雨の登山が死ぬほどつらく、怖いことを知っているだけにビビっておる。 これだけの荷物を抱えて、山を越えるのは、はじめてだ。 初体験は、何でも怖い。
さて、あとは、鴨島に向かうだけである。
藤井寺を後にし、駐車場に向かうと、観光バスが止まっていた。 鴨島駅までのルートを聞こうと思い声をかける。 「すいません、この道を下ってゆけば、鴨島駅に出ますか?」 「えぇ? 俺、地元のもんじゃないから、判らないんだよね、地図見る?」 と言って、地図を渡された。 考えてみれば、観光バス=他県からやってきているってことだ。 確認すると、蛇行する坂を下ると、街に出るようだ。 やはり、距離的に5キロ位かな。 歩いて、1時間かな。 この時点で、16時近かった。
緩やかな下りの途中に俺が泊まろうと思っておった宿があった。 「あぁ、ここなら、藤井寺に目と鼻の先だな」 そこから、延々街であると思える方向に只ひたすら歩く、歩けど、歩けど先に街は見えず。 平坦で、真っ直ぐに先が見えるのに駅っぽさが出てこない! 普通、先に進むにつけ、栄えてきて、もうちょっとで駅なんだなぁっと感じるものなのだが、一向に変化なしでまっすぐな道が続く。 しかし、今日は歩かされっぱなしだな。
こーなってくると、不安になってくる。 定番として、「道が間違っているんじゃないかなぁ?」 「駅が栄えていないんだ」 「このあと、道が下りになっていて、先が見えない」 などなど。 疲れておったから、余計に歩きたくなかった。 数100メートル先から、おじさんがてくてく歩いてくる。 平日だっちゅーのに人通りが少ないのだ。
「ちょっと、聞いてみましょう」 エンジニアが言う。 「すいません、鴨島駅は、このまま真っ直ぐ行けばいいんでしょうか?」 「そう、ずーーっと真っ直ぐ」 あまりにも簡単な答え。
道は、合っておるが手ごたえがまるっきりない。 何ともさびしい限りである。 杖を持ってるが、慣れておらんから、突いていいのか、持っていいのか迷っておった。 歩けど、変化なし。 平地にて遭難した気分だな。
そして、10分ほど歩き、車の往来が激しい道路が見えてきた。 そして、コンビニらしき看板も見える!! 「街だ!!」 俺たち、助かったんだぁ!! と、訳の判らん歓喜。
おぉ、コンビニがある、すき家がある。 凄いぞ凄いぞ、こんなことで、喜んでしまうくらいに東京じゃ当たり前の全国展開だと思い込んでいた店に出会わないのである。 大手が出店しないという事、それだけ儲けが見込められる人口が居らんという事なのだろう。 以前聞いたことがあるが、カレー専門店を出店する場合、周辺にどれくらい住んでおるかがまず、目安になると聞いたことがある。 出店の目安の人口は忘れた。 ごくごく普通の酒屋さんが閉じてしまうんだから、それだけ人が少ないっちゅーことだろう。 こーいった街で、酒って楽しみでしょ? その店舗が閉じてしまうというのは、よっぽどよ。
開けたにもかかわらず、一向に駅も線路も見えてこん。 どーなっとんじゃ。 何故か、駅に近づくにつれ、再び、閑散としてくれるのであった。 多分、駅は近い。 「今晩泊まるところの名前、なんていうの?」 「さくら旅館だったかな」 てな、話しをしておったら 「ここじゃないですか?」 アンティークな、昭和の匂いがする旅館を指さし、横に 「さくら旅館」 と書かれておった。 商店街より、僅かながら奥まっているせいか、暗いのだ。 昨晩のビジネスホテルもどきの真逆である。
「コンビニかどっかで、買いもんしてから入る」 「だったら、駅前にBIGキオスクがありますよ」 「BIG?」 「えぇBIGです」 などと、おかしな会話をしてしまった。 駅前に行くと、本当にBIG KIOSK があった。
鴨島駅で、エンジニアの彼と別れた 「また、どこかで」 と言って。