Henro walker 5月14日

 さくら旅館は、かなり年季の入った旅館であった。 こんな年季の入った旅館に泊まるのは、小学生以来じゃないかな。 小学生のころ、おやじの職場の慰安旅行で、この手の旅館に泊まったのだ。 大概、子供は俺一人で、当時人見知りが激しく、神経質な俺は、遊びに来ているのに全然楽しめない子供だった。 この印象があり、一人旅を覚えるまで、旅が実は嫌いだった。 それは、きっと、受け身でしかない旅だったからなのだろう。 
 引き戸をガラガラガラと開け、「こんにちは、すみません」 中は、明かりが点いておらず、暗かった。 既に4時を回っておった。 「すみませ〜ん」 と再度、声をかけるも、誰も出てこず。 一番手前の襖が、開いており、人が居った。 「ボタンを押して、ボタンを」 と言われた。 おぉ呼び出しボタン、ポチと押す。 この手前の襖の先客、真っ暗な部屋に二人居ったの、そして、その後、買いもんの後、翌日と、覗いたのだが誰も居らんかった。 ちょっと、不思議だった。 

 奥の方から、おじいちゃんがやってきた。 「はいはい」 「すいません、予約をした○×です」 「はい、どうぞこちらへ」 と案内される。 高齢のおじいちゃん。 ずんずんずんずん奥へと進んでゆく。 「ここが食堂で、食事は、6時半の予定です ここが風呂です 順番が来たら電話しますから」 階段を上り、奥へ奥へ、作りが古く、ちょっと分かりづらい。 「こちらのつる間になります」 
 すげぇ、昔ながらの旅館だ。 鍵はあるけれど、古いトイレに付いている引っ掛ける内側からしか掛からない鍵だ。 いやぁ、久々だな、この感じは。 おぉ煎餅にお茶が置いてある。 早速、頂こう。 宿の着くと、前日もそーだったが、好きなだけ水分を取る! さっき買ったばっかのスポーツドリンクがもぉーない。 足にマメができたようなので、安全ピンで、潰し、水抜きをした。 

 風呂まで、時間がありそうだから、飲み物を買いに外に出た。 重苦しい雲が掛かっており、それほど、時間を待たずに雨が降ってくることが想像できた。 漠然とした不安が過ぎる。 いかんいかん、ここまで来て、先に進むことを拒むのか? そりゃないだろ! 自販機で、予備の水と、アクエリアスを買った。 
 
 荷物を一先ず、解いた。 雨降りになる可能性が高いから、装備品の入れ替えをしなければならない。 朝、降っておったら、レインウエアで出動だ。 曇りがちだったら、降りだしたら、すぐに出せるようにリュックの上の方に入れておかなければならない。 
 なぜか、東京からカロリーメイトを二つ持ってきている。 念の為の意味合いが高い、初日に買ったピーナッツもなくなっておらん。 さて、どうするか・・・テレビの天気予報でも見るか。 窓に雨が当たる音がし始めた。 降り始めたか。 

 風呂に入り、飯の順番がやってきた。 遍路の楽しみは、風呂と飯の時間しかない。 確かに朝早く、歩くためだけに1日を要すのだ。 そして、翌日、再び歩く。 

 1階に降り、食堂に行くと、既に二人、食事を始めていた。 両名とも、還暦過ぎのリタイア組みかな 「今晩は」 と挨拶をし、席に着く。 おぉすげぇー旅館の外観とは、違い豪勢な夕飯である。 火が灯されたすき焼き風鍋に焼き魚、フライ、箸休めがある。 俺が席に着くと、先程のおじいさんが接客するのかと思いきや、若い男性が給仕してくれた。 「どうぞぉ」 と、ご飯を盛られた茶碗が手渡される。 次に味噌汁。 「何か飲まれますか?」 「お茶で大丈夫です」 先行で来ておる両名は、ビールを開けていた。 身体を動かし、風呂に入り、美味い飯に晩酌か、まぁ普通の流れだな。 俺の場合、飲みたいと思わなくなってしまっている。 いずれ叉、飲みたいと思う機会があったら、飲もう。

 3人とも気になるのは、明日の天気のことである。 既に雨は降り始めておる。 

 「明日、天気どうですかねぇ」 「ちょっと判らないね」 「歩き遍路ですよね?」 「今回で、3回目です」 おぉ先生登場! 明日向かう焼山寺は、通称遍路ころがしと呼ばれている。 まぁ、もて遊ばれるほどにきついってことなのだろう。 他にその名の通り、山道を転がってしまうだったり、翌日、ダメージを受けたりするだったり、難所だという事だ。

 「去年の今頃、周ったんだけれど、叉、周りたくなって来ちゃいました」 凄いな、でも、何となく分かる気がしてきた。 「なんともいえない景色を見ていると、歩きたいという気持ちにさせますよね?」 「そうそう、そうなんだよね」 ここぞとばかりに聞きたいことを聞きまくった。 
 
 まずは、足のマメ。 針と糸を使って、マメに糸を通して、そのまんましておくらしい。 水が抜け、糸は治ったら取ればいい。 荷物の雨対策。 雨に関しては、リュックにレインカバーをしたとしても、濡れる時は濡れるし、中まで、見事に濡れるらしい。 今回、おじさんは、開き直って手製のレインカバーを持参したらしい。 別な人に聞いた方法は、リュックの荷物を丸ごと、ポリ袋に入れて二重構造にするのが良いと言っていた。 そして、今回の焼山寺である。 まず、「雨で登れる程度の山なのか?」 「大丈夫、大丈夫なんとかなるから」 うーーん、遍路3回目の余裕だな。 「3時間で、越えちゃう人とか居るけれど、自分のペースで登ればいいんですよ」 5時間が平均らしい。 如何せん、八十八箇所あるから、事件も色々あるし、越えなきゃならない限界点もあるようだ。 おじさんは、寺に来たのは良いが、そっから先、一歩も動けなくなり、お寺に頼んで、泊めてもらったらしい。 宿坊ではなかったから、雨風凌げる場所に泊めてもらったらしいのだが、食事はないし、寒いし、大変な思いをしたらしい。 
 八十八箇所目の最期の寺に喜びのあまり、両手を上げて入っていったら、周辺のお遍路さんから、拍手が起きたらしい。 なんだか判らないけれど、涙が出てきたと言っていた。 「もう、二度と、こんなことするもんかと、終えたのに3日後に歩きたくて仕様がなかったから、不思議だ」 と、言っていた。 

 さて、もう一人のおじさんだが、切幡寺の三百三十三段で、足腰フラフラで、根を上げていたのだ。 「ここから先、進める自信がない」 と、言っておった。 雨の焼山寺を越せそうにないから、ここから先は、バスと電車を使って遍路を続ける事を考えている。 一人、一人に用意されたお遍路があるのだ。 外は、不安を煽る雨が降り続いている。