抜かされたって良いじゃない だって人間だもの その4

 やっとこさ、上りを終え、水分補給し、緩やかな山道になる。 国有林かなんかだった、そのエリアに入る。 くねくね蛇行しながら、奥へ奥へと進んでゆく。 比較的平坦、時々、起伏がある、それが妙に堪えたりする。 もうちょっとで、半分か、まだ、気を抜けんな。 反対側のラインをやはり、物凄い勢いで、先頭のランナーが折り返して行く、いいさ、俺の屍を越えてゆけ。 

 鬱蒼とした森林がなくなり、街中を見下ろせる景色が見える。 足を止めて景色を眺めるもんも居るが、俺は、とりあえずはラップ稼ぎだぜ、ベイビー。 
 くねくね道が曲がりくねっておって、先が見えない。 一体、いつになったら、折り返しが出てくるんだ? もぉーいい加減疲れてきたんですけど。 ここまで来ると、首から下は、他人事っす。 なんかやってますよ? ってな感じである。 呼吸器は、ヒーフー言っておるし、足もなんかふらついて来たんすけど? 

 二度目の折り返しに辿り着き、水を飲み、ラストの1キロのスパートに掛けるしかあんめいと思っておった。 ラストのラストに下りが3キロほど継続するのだ。 これがまぁ、へばっておる足に効く効く。 時計を見ると、既に1時間半を経過しておる、おいおい1時間40分で着けるの? 大丈夫? ってな感じである。 

 へたり気味の俺を抜いてゆく、再び 「抜かされたって良いじゃないか、だって人間だもの みつお」 である。 抜かされたり、どうしても走れず、歩いちまうことがある。 走り終わってから、後悔すんだけれどさ、結局のとこ、それが、今の俺自身の実力ってことで、それ以上は無理なんだよ。 同じようにやり直したって、同じように抜かされるんさ。 抜かされないようにするには、違うことを積み重ねないと駄目、そーせんと結果は、変わらない。 それを判っちゃいるのに後悔する。 その瞬間は、一度しかないってことさ。 

 残り、4キロほどだ、走れ走れ! あとは、どんだけ余力があるか? ってことだ。 これだけ、へべれけであったとしてもだ高が15キロほどだから、フルマラソンのように歯磨き粉のチューブを振り絞るような走りではないのだ。 普段走らんところを走っておるから、きつく苦しいだけで、ダメージは、大きくない。 まだ、行けるんじゃね? 

 そんな考えはだな、1キロも走らんうちにガラガラと砕けてゆくのである。 上りをだらだら走る、俺の記憶だと、後半2キロは、急激な下りだったはずと、ちょっと白くなりかけた頭で、考えている。 この頃になると、上半身を前へ出し続けることがキツくなってくる。 筋力が足りんから、耐えられないのだ。 後ろに倒したほうが楽だから、後ろにいっちまう、それを うぉりゃー! っとまではいかんが、必死に前へ倒そうとしておる。 早く終われ早く終われ!! 念仏のように唱える。 唱えたって、終わりゃしない、走り続ける以外に術はない、早く終わりたきゃ、早く走れ! 当たり前か。 

 水分補給だ! ここで分岐になり、確か下りだ!! ソールの磨り減ったシューズで、下り降りてゆく。 ここで怪我をする訳にはいかんから、用心深く下ってゆく。 足は、ヘコヘコいってやがるぞ。 膝が笑うっちゅーヤツだ。 団子になって下りてゆく、ちょっと気を抜くと前のランナーに当たりそうになる。 それでも、スピードは落とさない。 同じルートを通らず、左右とルートを交わしながら接触を迂回する。 俺の前を女性ランナーが走っておる、抜かせそうで抜かせない。 

 「ここから、ずーーっと、下りですか?」 係員に女性ランナーが質問する。 「ハイ、そうです」 「やったーー」 元気に駆け下りてゆく。 そうなんだよ、下りなんだよと、相槌を打つ。 

 下りを順調に走っておって、突然、上りが顔を出す。 「全部、下りだって言ったじゃん!」 判る、その気持ちは判るが、走らにゃゴール出来んのだよ! 彼女 「すいません、先に行ってください」 気持ちが萎えちまったな 「俺も、へばってま〜す」 と言いながら交わしてゆく。 なにくそ、この野郎である。 上りで、一人交わした。 そして、又、下りだ。 急げや、急げ、時間がない!! 時計を見る余裕なんてないよ。 

 ワーーーッ、人の歓声が聞こえる。 下がゴールラインだ。 「あとここから、200メートルです」 よっしゃーー、これで、この苦痛から開放されるぞ!! 左手にスタートしたグラウンドが見えてきた。 走れるか? アムロか、お前は。 平地になった瞬間、おっさん、スパートを掛ける!! おぉちゃんと、動くじゃん、俺の脚!! 頑張れおっさん、頑張れおっさん!! 

 数名交わした、よーし、走り抜けろ! 後ろから、追っかけてきているのが判る。 これが、すんげぇー怖いんだよ。 みんな必死に追いつこうと思って、走っている足音が聞こえるのよ! ちゃんと見てくれってかなぁ、おっさんの激走! 去年、見てくれてなかったからなぁ・・・そんなことをぼんやりと考えておった。 そしたら、突然、「お疲れ様」 と、ランニングウエアに身を包んだ人から、ハイタッチを求められた。 「誰?」 ハイタッチし、頭の中で、誰だっけ? が、渦巻く、あぁ石川選手だ!! ゴールラインを抜け、そのまま、へたり込んだ。 

 おっさん激走終了。 「取り外しましょうか?」 係りの人が屈んで俺に声を掛ける。 シューズに取り付けてある計測チップを取り外しましょうか? と言ってくれているのだ。 燃え尽きたおっさん 「すいません、お願いします」 

 立ち上がり、振り返ると彼女が居った。 満面の笑顔である。 「予定通りだね」 ラップは、1時間40分也。 そのまま彼女を抱きしめた。 「目にクマが出来てる」 と言って、大笑いし始めた。 おいおい、年甲斐になく激走しちまったから、クマも出んだろ。 

 後日、彼女が撮った写真にラストスパートの写真が綺麗に撮られており、俺の後ろを4人が追走しておった。 そして、疲れ果ててひれ伏している写真もあった。 俺にばれちゃいけないと思い、瞬時に撮ったらしい。 誰かに謝っておるような、おっさんの姿が撮れておった。 良い写真だ。 

 すべてに感謝したい、そんな日だった。 又、来年な、高尾山。