猛暑の出来事

 「気分が悪くなったら、すぐに休んでください・・・」 くそ暑いぃ・・・炎天下の陸上トラックで、係員の説明を聞いている。 日陰なんか、これっぱかしもねぇー、何だここ? 自分で、出ることを決めておいて、いつものように心の中で、ぶつくさと文句を言っておった。 結局、出るんだよなぁ、俺。 7月26日区民陸上トラックの炎天下マラソン大会に出ておる。 天気予報は、猛暑! いつからだよ、猛暑なんちゅー言葉が出来たのは? 

 ギリギリまで、出るか、出るまいか迷っておった。 俺一人だったら、どんなことがあろうが、決めたことは、やり遂げることにしておったが、近くに心配してくれる人がおると、その人のことを考えてしまうのだ、なんとも、俺らしくない一ちゅーか、自分勝手のくせしてねぇ。 先月、帯状疱疹をやって、2週間丸々練習が出来んかった。 完治するまで、3週間ほど掛かった。 それから、練習開始である。 暑さってヤツは、曲者で、炎天下にいきなり草野球をやったり、走り出したり、サッカーやったりなんかすると、熱中症になってしまうんす。 梅雨時から、しっかり、練習をしておると、これくらいの暑さ、ものともしないのだ。 大事な練習期間、ずっぽり抜けちまったから、そっから、練習をして、暑さに慣れなければならなかった。 帯状疱疹になったとき、「だから言ったのに!」 と怒られた。 横で、俺の行動を見ておるから、無理をして引っ張っておったことを知っていたからだ。 本人は、「あぁやっちまった」 って、感じだ。 性分として、駆け上がるところまで、駆け上がってみて、ずっこけてみて 「あぁこんなもんか」 と思うのだ。 これは、昔っから、変わっていない。 この1年ほど、彼女と付き合ってみて、判った事は、彼女の言うことは、正しいってこと。 言われたことは、ちゃんと真摯に受け止めるようにしておる。 

 そして、レース1週間前に痔になるというアクシデント! おいおいふざけんなよというのが、俺の本心。 結局のとこ、俺が弱いからこーなるんだ。 レース、2日前まで、そのことを彼女に伝えず、電話で、「実はさ、痔になっちゃった」 と超恥ずかしい告白をした。 当然、彼女は 「レース、やめなよ」 と言われた。 「うーーん、明日まで、考える 明日又、連絡する」 と言って、電話を切った。 友人Kからも、「止めろ」 と言われ、合計2名から、止めなさなさいと言われるという事は、それが、正しいことなんだと思う。 

 なんだろうねぇ、俺の気性は、障害が入ると、そいつを突破して先に進みなさいと言われるのだ。 当然、今回も心の声は、「走れ!」 と言っておった、が! 本当に迷った。 土壇場、1週間前で、痔になっちまって、これ又、しっかり走れない。 練習量が少ないというのは、レースが苦しいという事だ、おまけに炎天下。 彼女に電話するまで、棄権しようと思っていた。 
 ちょっと待て、やっぱ走ろう! と、気まぐれで、走ることにした。 電話で、「やっぱ、走るわ」 と伝えて、ちょっと俺もばつが悪かった。 応援に来てくれる事になっていたけれど、翌日の猛暑に応援に来なくていいよと、伝えた。 高が1時間くらいでも、クーラーが効いた快適な場所ではなく、日陰でも気温は、30度を越えるだろうから、そんなところに居させるわけには、いかないからな。 翌日、彼女は、俺を見送るために10時に俺んちに来てくれた。 応援に行くと言っておったが、俺んちで、留守番してもらうようにした。 

 11時40分、出走20分前に炎天下で、グラウンドで、説明を受けているのだ。 あぁなんだよ、日陰で、説明できないのかよ、体力消耗しちゃうじゃん。 って、どこに日陰があるんだ? と、一人突っ込みをしておった。 陸上トラックを中心に外周3キロを走る。 一途はじめ、トラックを2周と100メートルちょっとを走り、外周から、陸上トラックに戻ってくるコースを3周してゴール! 普段だったら、ループコースは嫌いなんだけれど、残りの距離が判りやすいから、今回は、あり。 何故に、12時にわざわざスタートするのか? 9時から、既にレースは催されており、42.195キロのリレーマラソン、ハーフのリレーマラソン、ハーフ個人は、レース真っ最中である。 説明を受けておる周りを襷をかけた汗だくのランナーが走り抜けておる。 みんな、オイルを塗ったように汗まみれ! そのレースの最中に10キロ個人と、ミニリレーマラソンが交じり合って走るのは、何がなんだか分からなくなっちまうので、残りの二つのレースは、12時に出〜発! となったのだろう。

 しかし、9時の段階で、30度超えておったからなぁ、そーいやぁレース説明の中で、「今回が過去最高気温の36度です」 とか言っていたな。 ここまで来ると、逃げられないわけで、あとは走り終わるまで、帰さないのだ。 ヘッドフォンからは、EW&Fのセプテンバーが流れておる。 「なにいってんだぁ〜」 って、聴こえる。 

 今回は、久々にみんなに 「これから走ってきまっせ!」 メールを出した。 

 レース直前まで、陸上トラックの屋根があるところに非難しておった。 少しで、陽に当たらんようにしておった。 陽に当たる時間も、レースに換算されておる。 「スタート、5分前です トラックに集まってください」 と、アナウンスがされる。 出撃!! 耳元で、Mrミスターのキリエが流れておる。 

 風は この山腹に激しく吹きつけている  
 海を越え ぼくの魂の中にまで吹き込んでくる
 隠しようのない深みまで…
 そして ぼくを歩むべき道の上に立たせようとする

 妙に俺の心境に合っている。 さあ、走って、木っ端微塵になれ! 俺がいつも、レースのときに自分自身に対して、掛ける言葉だ。 もちろん、木っ端微塵になんて、ならない。 

 200人いるか、いないか位なのかなぁ、普段のレースに比べっと、ローカルで、よろしい。

 空が青いなぁ、おぉ飛行機飛んでんじゃん、そんなことを思っていたら、パチパチパチと拍手、ありゃ? スタートですか? ゆっくりと、動いてゆく。 とりあえず、ゆっくり行こう、この暑さじゃ、ちょっときつい。 海っぺりだから、ギャラリーも少なく、歓声も拍手も少ない。 ホール&オーツのプライベートアイズが流れておる中、トラックをゆっくりと走りぬける。 如何せん、太陽サンサンご苦労さんで、まぁ照りつけるから、暑い暑い。 まだ、汗は出てこないな。 暑いからといって、走り出して、速攻で、出てくるわけじゃない。 2キロ越えた辺りで出てくる。 

 トラックコースを終え、外周に走り出す。 曲は、ヒューイルイス&ザ・ニュースのドゥ・ユー・ビリーヴィン・ラブに変わっていた。 いいねぇいいねぇ。 
 暑いと、すぐさま呼吸が荒くなる。 こりゃ練習不足ですよ、当分、こいつに耐えなければならない。 普段なら、首にタオルなんぞ、巻かないのだが、汗が止め処なく出るであろうから、そいつを拭き拭きするために巻いておる。 水で濡らして首を冷やそうかと思ったが、重くなるんで止めた。 まぁ、暑くなりゃ、水を浴びて冷やしゃいい。 そーいや、彼女が母親に俺が炎天下に走ることを話したらしい、そしたら 「おかしいんじゃないのかい?」 と言われたらしい。 そりゃーごもっとも! でも、ここには、数100人のアホが走っていますよ!! 

 何故、走るのかと聞かれれば、自分自身に対する証明でしかない。 俺は、まだまだ大丈夫なんだ、出来るんですよという証明でしかない。 それだけだ。 おっと、汗がどっと出てきた。 こーなると、走り終わるまで、ぐっちょぐっちょだ。 ここに走っている連中は、みんな、何かを証明したいんだと思う。 多分。 こんな調子で、10キロ走っちゃうの? いやぁやっぱ苦しいじゃん。 

 ワムの恋のかけひきだ。 「彼女は、何でもかんでも欲しがる」 っちゅー歌詞。 ジョージ・マイコーは、どうしちゃっているんだろうねぇ。 マイコーどこじゃねぇ、マーク・パンサーに似ているアンドリューの方がどこいったか分かんねぇーー 「あぁぁぁあちぃあちぃ!!」 声に出して、言ってみる。 でも、全然効果なし。 

 普段だったら、10キロなんぞ、鼻くその距離だが、暑いのと、練習不足で、良い具合にやられている。 「駄目だったら、止めればいいんだからね」 彼女の言葉が頭を過ぎる。 いかんいかん、逃げを作るにゃまだ、早いだろ? 途中途中に係りの人がおって、ランナーに気をかけている。 暑いからねぇ、去年は、救急車が4台出動したらしい。 今年は、今のところ1台らしい。 俺は、乗らないよ、乗るわけがない、なんて思っていると、乗ることになるんだよなぁ。 俺たちゃ、みんなそんな年齢だ。 

 給水ポイントだ。 何はなくとも水だ水。 スポーツドリンクと、水の2種類がある。 ありがたい。 今回は、水で大丈夫だ、次のポイントはスポーツドリンクだな。 二つ手に取り、まず飲み、そして、片方を首にかけ、腕にかけた。 とにかく冷やせ! 冷やせ! 

 おいおい、まだ3キロくらいか? なげぇーなぁ、やっぱ、1時間も前から、ここに到着してるんじゃなかったなぁっと、暑い中、考えていた。 何がしたい? と聞かれると、避暑地に逃げたいとか、クーラーのあるところに逃げたいとかは、思わない。 とりあえず、このレースを終わらせたいと答えるだろう。 まずは、半分だ、半分走ろう。 

 反対側の首都高側に出た。 ムンムン排気ガスを垂れ流し、クーラーガンガン点けたトラック、車が抜けてゆく、俺たちのことなんぞ気にせず抜けてゆく。 まぁ、涼しい車の中から 「何やってんだ、こいつら?」 位に思っているんだろう。 走ってんだよ! 俺は、只ひたすら、先に見えるコーナーを見ておった。 そこまで、そこまで・・・。 途中にリレーの交代選手がスタンばっておった。 「あぁ、そうか、交代選手か・・・」 という程度、気にも掛けん。 

 コーナーに辿り着き、陸上トラックへと向かう。 トラックの両側に応援だがおる。 応援の声は、届くが今回は嬉しくもなく、気も掛けない。 うーん、何故だろう? 
 カンカン照りのトラックに戻ってくる。 みんな、一気にスピードが落ちる、俺は、落ちずに走り抜ける、まだ、いけるな。 空が青いなぁ、団地が見えるなぁ、雲なんか出ているのかぁ? そんなことを考えていた。 途中にホースで、シャワーがある。 係りの人が水撒いている。 俺は両手を上げて、突っ込んでゆく、すかさず、係りの人が俺に向かって水をかけてくれる。 「おぉぉ気持ち良い!!!」 頭の天辺から、靴の中まで水浸し、でも、全然気にならない、むしろ気持ちが良い。 
 そして、2周目に向かう。 うげぇ! 朝に飲んだスポーツドリンクが喉まで、戻ってきていない? ヤバイな、ヤバいぞ、堪えろ、こんなとこで、リバースしたら、速攻係員が来て、ハイ終了だろ! 喉元に味噌汁以来だなぁ、やっぱ暑さは過酷だなぁ。 とりあえずは、給水ポイントまで、俺、頑張れ頑張れ!! 「駄目だったら、止めればいいんだからね」 いやいや、大丈夫ですよ。 

 給水所まで、行き着き、喉元までスポーツドリンクがやってきたのにスポーツドリンクを飲む! これ如何に? この頃には、状態は戻っていた。 いけるな、これ。 そして、2周目の陸上トラックに戻るとき、「危ない!! 倒れる!」 と声が聞こえ、俺の前に走っておった選手がふらふらしていた。 あぁ倒れる! 箱根駅伝とかで見る、襷を渡した瞬間に性も根も尽きて、ふらふらしてコーチとかに支えられる、あれ。 ふらふらくにゃくにゃと倒れていった。 「その人、危ない危ない!」 と、係り員に向け声をかけた。 すげぇ、ホント倒れるんだ。 それを考えると、俺は、まだ、意識もしっかりしておる、大丈夫だ。 

 給水を済ませ、陸上トラック戻ってきた。 耳元で、AC.DCのバック・イン・ブラックが流れておった、おぉ良いタイミングじゃん。 そのとき! あれ? 俺は、外周何周した? 2周目、3周目? 分かんねぇ。 そーいやぁレースの説明のとき、言っておったなぁ 「コースを間違えないようにしてください、暑さで意識が朦朧としています」 暑さで、意識が朦朧としています! 何周目か分かりません! 時計を見た、ラップは、1時間を経過していた。 「もう1周周ったら、1時間15分くらいになるんじゃね? そんな遅くねぇだろ」 3周目だ。 暑さは、判断力を鈍らせる。 そして、トラックに入ったら、入ったで、「ありゃ、最後、トラック走るんだったっけ?」 となる。 マジ、思考能力低下! 猛暑恐るべし! みんな、トラックに行かず、ゴールに向かうんで、俺も習ってゴールに向かう。 が、ホントにゴールか? という疑心暗鬼があり、いつもなら、ラップに関係なく、両手を上げて、ゴールすんだけれど、ちょっと不安げにゴールした。 

 ゴールして、思ったのは、これで、周回を間違っておって、もう1周走ってくださいと言われても、「ノーサンキュー! 棄権します」 と答えるだろう。 

 ゴールして、速攻、彼女に電話した。 「今、ゴールした」 「大丈夫だった?」 心配かけて、ごめん 「あぁ大丈夫、飯どうしようか?」 

 ちゃんと証明されたかって? あぁ俺自身にしっかりと、証明できたよ。