Henro walker 5月16日

 宿の前に街灯があるけれど、誰も歩いておらん。 目の前に山が見え、川のせせらぎが聞こえる。 なんとも贅沢な夜だ。 ちょいとばかり、冷えている。 ボンヤリとテレビを見ているけれど、21時には布団の中に入っておる。 眠い。 引き戸で、天井が繋がっているつくりだから、誰かがトイレに行くと、ガラっと扉を開ける音がし、ドスドス歩く音が聞こえる。 別に不快じゃない、普段だったら、不快なのにな。 うつらうつらしているうち眠りについた。 

 5時ちょい過ぎに目が覚めた。 他の部屋の連中は、既に起きているようで、忙しなく引き戸が開く音が聞こえる。 みんな早いなぁ。 さすが、山の中、ちょいと冷えた。 まだ、布団から出る気がなかったので、テレビをつけ、今日の天気を見た。 ここ数日で、四国地方の天気に慣れた。 
 昨日の雲は抜け、今日は、晴れるようだ。 晴れると、太陽が気になるが、もうTシャツを着る気はない。 また、こんがりローストになっちまうからな。 

 6時半に飯を食いに下に降りて行くと、みんな席について飯を食っておった。 居らんのは、俺と、チャリンコで周っているおじいちゃん位だった。 食い終わった順番で、素早く出てゆく、一人、一人と消えてゆく。 俺は、急いでいる訳でもなく、7時過ぎに出れればいいかなという程度だった。 俺が食っている間にも、出発する人は、出発しちまう。 
 飯を食い終わり、玄関に行くと、WINNERメガネ女子が既に準備万端であった。 「いってらっしゃい」 「いってきます」 俺も間もなく出発するのにな。 昨日まで、一緒だったのにみんな、ドンドン出発してゆく、ちょっとばかり寂しい。 部屋に戻り、歯を磨き、トイレを済ませ、俺も遅ればせながら、出発する。 

 いつまで被るのに難儀する笠、よっこらせとリュックを背負い、金剛杖を持ち、宿を出る。 「じゃー、お先に」 「いってらっしゃい」 今度は、俺が見送られる番だ。 宿を出て、下ってゆく道を見ると、最初から一緒だった女性が、歩き始めていた。 「そっちに行くの?」 と聞いた。 「こっちの方が、ちょっと遠いけれど、平坦だっていってたから」 「気をつけて」 

 俺は、反対方面の山道に進む。 基本、昔ながらの道を選択することを何気なく決めておった。 昨日、一緒だったおじさんが、スマホを片手に方角を確認しておった。 「どうも」 「あ、どうも、どっちに行ったらいいのかなぁ」 登り口が判らないようだった。 「多分、宿にゆく途中に左手に見えたのが登り口だと思いますよ」 ここでも、何となく遍路の友が出来上がった。 

 昨日は、気にも掛けんかったが、登り口はなかなかの急勾配だったりした。 おいおい、今日からは、楽出来んじゃないのか? 勝手にそう思っていただけで、普通に考えりゃ、昨日の山から繋がっておる訳で、さほど、変わらない山が待っているのだ。 飯食って早々、爽やかな朝に急勾配ですか・・・。 しゃーない、自分が選択したのだから。 

 おじさんが先行して、登ってゆく。 俺は、後ろから着いて行く。 焼山寺で、判ったが、都会育ちの俺は、山慣れしている人には、叶わんということだ。 だから、素直に後ろに着くことにした。 思ったとおり、おじさんは、早かった。 内心、朝っぱらから飛ばしちゃうの? って感じだった。 昨日の疲れは、残っておらんつもりだったが、予想外の登坂にちょっと、引き気味だ。 

 おじさん、突然、止まってスマホをいじり始めた。 「忘れるとこだった、距離を測っておかないとな」 猫も杓子もスマホである。 確かにスマホは、便利ではあるけれど、何かにつけ、やぁどうも、スマホですと、出てくるのには、出すぎているお笑い芸人のようで、俺は、引く。 でも、便利であり、助かることも多々ある事は認めておるが、まぁ使う気になったら、買うさ。 

 おじさんも、この登坂には、面食らったようで 「なんだ、昨日とそれほど、変わらないぞ」 と言っていた、やっぱ、そうだなんだよ。